茶摘み

緑茶、紅茶、ウーロン茶、黒茶、味はもちろんのこと色も香りも全く違う4種類のお茶は、実は同じ木(チャノキ)の葉から作られています。チャノキにも色々な種類はあり、それぞれのお茶に適した品種というものはありますが、決定的な違いはただ1つ「作り方」です。

 

今回は、どのような作り方の違いで、同じ原材料の茶葉から違う種類のお茶ができるかについて見ていきましょう。

 

お茶を作る第一歩「茶摘み」はとても重労働

八十八夜と言えば茶摘み、茶摘みと言えば八十八夜というイメージは、有名な歌の一節「夏も近づく八十八夜~」からくるものでしょう。八十八というのは立春から数えて88日目という意味で、新暦では5月2日頃になります。

 

この時期、チャノキの新芽の周囲には新しい葉が5枚くらい伸びてきており、この状態を「一芯五葉(いっしんごよう)」と呼びます。

一芯五葉

 

「芯」というのは、枝の先端にある、まだ葉の開いていない新芽のことです。新茶の場合、芯とこの周りの2~3枚の新葉、「一芯二葉」もしくは「一芯三葉」を、木の下から上に向かって順番に摘みます。摘む際には、葉をできるだけ傷つけないようにしなければなりません。

一芯二葉と一芯三葉

 

爪などでちぎったりすると、ちぎられた部分から酸化しやすくなってしまうため、親指と人差し指を使って新芽を挟み、人差し指で葉を下の方に折るようにして摘みます。これを「折り摘み」と言い、人差し指の指の腹をうまく使って摘んでいきます。チャノキの下の方から順に丁寧に折り摘みを繰り返していかなければなりません。

折り摘み

 

新茶の摘み取りは5月初め、二番茶三番茶に至っては7月、8月の夏の最中、日陰のない茶畑での茶摘みは大変な重労働です。しかも、苦労してたっぷりと摘んだつもりでも、製茶の工程で生葉に含まれる水分のうち、約96%は蒸発してしまうため、10kgの生葉からできるお茶の量は約2kgほどです。

 

10kgの茶葉を摘むにも相当の時間がかかりますから、商業ベースで考えるなら、手摘みによる収穫はとても効率が悪く、近年では機械による摘み取りがほとんどです。製茶工程においても、機械で行うものと手で行うものがあり、現在はやはり前者の方が主流になっています。

 

機械による効率的な緑茶の作り方

製茶機械の動きは、人間の手作業を模倣したものです。これにより、茶葉の摘み取りだけでなく、蒸したり、揉んだりする工程もまた、機械で効率的に行うことができるようになりました。

 

①摘採(てきさい)

生葉を摘む工程です。一枚一枚摘むのではなく、機械で一度に摘み取ることができます。摘んだ後の生葉は、刈り取った部分からカテキンの酸化が始まるため、できるだけ早く次の工程に入るようにします。

機械による摘採

 

生葉の保存は、1~5時間以内にすべきであるとされています。これは機械による製茶でも、手作業による製茶でも同じで、生葉の状態での保存時間をできる限り短くすることは、美味しい緑茶を作るための必須条件です。

 

②蒸熱(じょうねつ)

摘んだ生葉を速やかに高温の蒸気に入れて蒸し、生茶葉に含まれる酸化酵素の働きを止めます。「殺青(さつせい)」とも呼ばれ、緑茶独特の工程です。これにより、茶葉や入れた緑茶の鮮やかな緑が保たれます。蒸し上がった茶葉はとても柔らかくなります。

機械による蒸熱

 

蒸気にいれる時間は煎茶では30秒から1分半くらい、深蒸し茶ならば1分半から2分半です。その後急速に冷却し、粗熱を取ります。蒸気で蒸す他に、釜で炒る方法もあり、中国茶の多くはこの方法で作られます。日本ではほとんどが蒸気を使います。

 

③粗揉(そじゅう)、揉捻(じゅうねん)、中揉(ちゅうじゅう)、精揉(せいじゅう)

茶葉を揉む工程です。下から火を入れ、蒸し上がった茶葉を攪拌(かくはん)しつつ、およそ40分かけて揉み、ざっと水分を飛ばします。この工程を粗揉と言い、これで茶葉に含まれる水分は約半分になります。

機械による粗揉

 

次に揉捻と言って、同じやり方で5分から10分かけて、さらに水分を揉み出したら、中揉に入ります。中揉は、熱風を当てて茶葉を回転させながら、細く丸めるように揉みます。ここでも15分から20分かけ、最後の精揉では40分から45分とかなりの時間をかけ、葉の形状を針の様に整えながら揉んでいきます。

機械による揉捻機械による中揉
機械による精揉

 

かなりの時間を要しますが、この工程は手揉みでも同じように時間がかかります。

 

④乾燥

揉む工程を全て終えた茶葉の含水量は、生葉の1割程度まで減っていますが、熱風をあてて更に乾かします。茶葉がくっついてしまわないように気を付け、含水量が3~4%になるまで乾かします。茶葉の形を揃え、外見を整えるようにします。大体20~30分かかります。上級のお茶は、細い針のような形に整えられていきます。

機械による乾燥

 

この乾燥という工程が終わったものを「荒茶(あらちゃ)」と言います。蔵出し茶など、すぐには出荷せず秋まで保存する場合は、荒茶の状態で寝かせておきます。

荒茶

 

⑤再製工程

荒茶を製品とするための、いわば仕上げの工程です。荒茶を乾燥させ、茶葉に含まれる茎の部分を除きます。葉の大きさも揃えたら再び乾燥させます。

 

最後に茶葉をブレンドし、品質が一定に保たれるようにし、ようやく出荷することができます。緑茶ではブレンドを「合組(ごうぐみ)」と言い、その配合はブレンダーである利き茶師が行います。

 

稀少で美しい手揉みによる緑茶の作り方

製茶の工程はとても手間がかかるもので、現在では手揉みのお茶は滅多に見かけることはありません。品評会などの時期を別として、市場に出回る機会も少なくなりました。しかし、人の手で作られるお茶は貴重なだけでなく、その色、形の美しさや味においても格別です。

 

中には無形文化財に指定されているほどの技術や工法もあり、その技巧はまさしく匠の技と言えるでしょう。味はもちろんですが、お茶の形状から全く違うのがひと目で分かります。機械とは違う手揉み独特の味わいや香りで愛されています。

手揉みの茶葉機械揉みの茶葉

 

①摘採

人の手による茶摘みは、とても重労働です。人差し指と親指で折り取るように、また取り残しのないように丁寧に摘んでいきます。一芯二葉、一芯三葉を樹の下から上に摘みます。摘んだ生葉はできる限り迅速に、次の工程に回します。

手作業による摘採

 

②蒸熱

摘んだ生葉を、「甑(こしき)」と呼ばれる蒸し器を使って蒸し上げます。水蒸気の中で35秒から45秒、青臭さが消えるまでかき混ぜながら蒸し、葉を取り出したらうちわで風を送り粗熱を取ります。

手作業による蒸熱

 

③露切り

「葉振るい」とも呼ばれます。「焙炉(ほいろ)」と呼ばれる箱の形をした火をおこす道具と、厚い和紙を木枠に張った「助炭(じょたん)」という2つの道具を使います。助炭を焙炉の上に載せ、助炭の和紙の上で、両手ですくっては落として茶葉を振るい、表面の水分を飛ばします。

露切り

 

葉の重量が3割ほど減るまで行い、こうすることで、茶葉が揉みやすくなります。30分から50分くらいかけて行います。

 

④回転揉み

いよいよ揉みの工程に入ります。両手を使い、茶葉を左右に転がして揉みます。体重をかけ、ゆっくりと大きく回転させ、だんだんと力を込めるようにし、40分から50分かけて揉みます。

回転揉み

 

⑤玉解き

回転揉みでかたまった茶葉を、横揉みでほぐす工程です。5分くらいかけてほぐした後、冷ますために籠に広げます。

玉解き

 

⑥中揉み・仕上げ揉み

冷ました茶葉を、また助炭の上で揉み、拾い上げて手のひらですり合わせ、よれ(よじれ)をつけるようにして乾かします。これを中揉みと言い、中揉みで茶葉の色は緑から黒緑色に変わっていき、表面には光沢がつき、香ばしい緑茶の香りが出てきます。30分から40分かけて行います。

中揉み

 

中揉みの後で行われるのが仕上げ揉みです。茶葉の形を整え、更に良い香りにする工程です。両手で茶葉を挟み、こすり合わせ、茶葉を細長くして針のような形に整えていきます。細長くなった茶葉が、手から滑り落ちるようになったら完成です。大体20分から40分くらいかけて行います。

仕上げ揉み

 

⑦こくり

変わった呼び名ですが、茶葉の形を整え、光沢を出す工程です。揃えた茶葉を両手の手の平で強く握り、握った茶葉が回転するように左右の手を交互に動かして揉み上げます。30分ほどかけて行います。

こくり

 

⑧乾燥

茶葉を乾かして仕上げる工程です。再び助炭を使います。助炭の上にこくりの終わった茶葉を広げて乾かします。厚くならないように広げて、60℃から70℃くらいで50~60分かけて乾かし、茶葉の含水量を4%程度まで下げます。

手作業による乾燥

 

発酵がポイントとなる紅茶の作り方

紅茶は茶葉を発酵させて作る発酵茶の1つです。発酵と言っても、日本酒や納豆などを作る過程で起こる微生物による発酵とは違います。茶葉の中に含まれるカテキンなどの成分が酸化し、茶葉の香りや色を変化させる現象のことを、お茶の世界では「発酵」と呼びます。

 

産地によって、紅茶の製法にも多少の違いはありますが、伝統的な「オーソドックス製法」が基本となっています。

 

緑茶作りでは欠かせない「蒸熱(酸化酵素の働きを止める工程)」は当然ながら無く、「萎凋(いちょう)」と「発酵」という2つの工程が入ります。どちらも、紅茶の香りや味を出すのに欠かせないものです。

 

①摘採

手摘みが主流です。使われる葉は緑茶と同じく、一芯二葉、一芯三葉までです。

紅茶の手摘み

 

②萎凋(いちょう)

摘んだ生葉を萎(しお)れさせる工程です。生葉を静かに、もしくは多少動かすだけで放置し、一晩、時間にして15時間から20時間ほど放置します。揉んだりはせず、葉の組織を傷つけたりしません。これで茶葉の含水量は3~4割減少します。

萎凋(紅茶)

 

水分が蒸散するにつれ、茶葉の温度が少し上がり、「化学的萎凋」と呼ばれる化学変化が起こります。この化学変化が、完成した紅茶の香りを決定づけるため、萎凋は大変重要な工程になります。茶葉を握って手を開いても、握った指の跡が分かるくらいの柔らかさになり、リンゴに似たフルーティーな香りがするようになれば、次の工程に進みます。

 

③揉捻

かたまりになってしまう茶葉をほぐし、空気に触れさせて一旦温度を下げては再び揉むという工程を45~90分程度繰り返します。揉まれた茶葉は形が崩れ、空気に触れることで酸化酵素が活性化し、香りや色が紅茶らしくなっていきます。

紅茶の揉捻(オーソドックス製法)

 

「オーソドックス製法」では、回転する機械の中で、押さえ蓋で茶葉を強く圧迫して揉みますが、現在では、機械の中で回転させながら茶葉をカットし、丸めて揉む「CTC製法」と、機械の中で茶葉を圧搾して細かくする「ローターバン製法」の3つの製法があります。

紅茶の揉捻(CTC製法)紅茶の揉捻(ローターバン製法)

 

CTC製法は茶葉を細かく砕けるので、ティーバッグ用の茶葉を作るのに適しています。使い方も簡単な上、水色や香り、味もよく出るティーバッグは紅茶生産量の8割を占めるようになったため、現在はCTC製法が主流となっています。

※水色:入れた時のお茶の色。「すいしょく」と読む。

 

④玉解き・ふるい分け

揉まれてかたまりになった茶葉をほぐした後、機械で大きさ別にふるい分けます。

玉解き・ふるい分け(紅茶)

 

⑤発酵

ふるい分けた茶葉を、室温26度くらいで湿度90%程度の部屋に広げて、1時間から3時間ほど放置します。発酵は更に進み、茶葉の色や香りは一段と紅茶らしくなります。色や香りは発酵度合いを知る基準になります。

発酵(紅茶)

 

⑥乾燥

乾燥機で乾かします。茶葉の温度を70~80度にして発酵を止めるのですが、熱風の強さによってはなかなか目指す温度にまで到達しないこともあるため、発酵も進行することになります。

乾燥(紅茶)

 

また、加熱乾燥自体も茶葉に化学変化を引き起こします。1つは「アミノカルボニル反応」で、アミノ酸と糖が反応した結果、褐色に変化するというものです。もう1つは、アミノカルボニル反応が起こる際に良い香りを生じる「ストレッカー反応」というものです。

 

これらにより、紅茶の香りは増し、茶葉はより褐色になります。40分から60分程度をかけて乾燥させたところで、紅茶の荒茶の完成です。

 

⑦再製工程

荒茶を製品化する工程です。乾燥で熱くなった茶葉を広げ、冷まします。その後ブレンドが行われます。大抵は30種類くらいの茶葉を使い、品質を一定に保つようにブレンドされます。

 

紅茶の香りと色は、萎凋・揉捻・発酵で作られる

紅茶の香りの決め手は萎凋

生葉から水分を失わせ、萎れさせるのが萎凋ですが、生葉が水分を失う際、同時に温度が加わって化学変化が起こります。

 

茶葉には元々、糖とテルペン(香りを放つ物質)が結合した物質が含まれているのですが、葉の温度が少し上がり、そこに湿度が加わると、この糖とテルペンが分離します。

 

糖から離れたテルペンは茶葉の香りとして感じられ、結果として茶葉から良い香りがしてくることになります。ウーロン茶の香りも、同じ現象によって作られます。萎凋は香り高い紅茶を作る上でのキーポイントですが、生葉の含水量が多すぎるとうまく行きません。雨の日に茶葉を摘むと紅茶の質が下がってしまうのは、そのためです。

 

太陽のもと、根から供給される水を使って存分に光合成をし、各種成分をたっぷりと蓄えた茶葉は、摘み取られた後は水分も光もなく当然ながら光合成もしません。結果、蓄えられた成分の分解が進んでいきます。糖とテルペンの分離もその1つです。

 

揉捻・発酵が作る紅茶色

発酵は、茶葉の中の酸化酵素とカテキン類が、接触することで進みます。これらは葉の中にある状態では接触しませんが、揉捻の工程で押しつぶされながら揉まれたり、切断されたりすることで茶葉の組織が破壊されると、空気中の酸素を介して接触します。

 

製茶の工程には、「発酵」という工程もありますが、その前の段階ですでに発酵は始まっています。

 

カテキンは酸化酵素と接触すると、オレンジ色をしたテアフラビンという物質にまず変化し、反応がさらに進むとテアルビジンという物質に変化します。紅茶独特の赤褐色は、このテアルビジンという物質の色です。時間が経つにつれて反応は進み、長時間発酵させると赤褐色から黒ずんだ色に変わってしまいます。

 

発酵の時間を長くしてしまうと色は濃くなる一方で、萎凋で発生した香りの成分テルペンが揮発してしまうため、香り高い紅茶を作るには、発酵時間は短い方が良いとされています。

 

良い水色と香りを兼ね備えた紅茶を作るためには、茶葉の品種だけでなく、時期や場所はもちろんのこと、作業する時間帯、気候も考慮して調整しなければいけません。

 

紅茶の質の高さを見分ける方法としてよく言われるのが、「ゴールデンリング」です。白いティーカップに紅茶を注ぎ、カップの縁に沿って透明な金色の環ができるかどうかを見てみましょう。

ゴールデンリング

 

もしできていれば上質のお茶で、カテキンやフラボン色素などが多く含まれているということです。ゴールデンリングは、どの紅茶でもできるわけではなく、例えば発酵時間が長い紅茶ではゴールデンリングはできません。

 

ウーロン茶も紅茶同様、発酵をさせるが、作り方は紅茶とはだいぶ違う

ウーロン茶は「半発酵茶」という種類に属します。これは、発酵を途中で止めたお茶という意味で、発酵時間を半分にしたという意味ではありません。ウーロン茶は、紅茶の作り方とは違う独特の製茶工程を経て作られます。

 

①摘採

紅茶と同じく、茶葉は手摘みで収穫されます。ただし、新芽は摘まず、適度に成長し、大きく開いた葉を選びます。これは、新芽を使うと苦みが強くなってしまうためです。

ウーロン茶の手摘み

 

②日干萎凋(にっかんいちょう)

摘んだ生葉を萎れさせる工程です。日光に当て、時折攪拌しながら20分から40分かけて行います。生葉の温度は上がり、配糖体といった葉の中の成分の分解反応が進みます。

日干萎凋(ウーロン茶)

 

③室内萎凋・攪拌による発酵

生葉を室内に移して広げ、温度を下げます。1時間おきに攪拌します。広げた茶葉を、手で集めては散らし、再び薄く広げます。これを「揺青(ようせい)」と呼び、20分から30分程度行います。10時間かけて室内萎凋と攪拌(揺青)を繰り返すことで、発酵が進みます。

揺青(ウーロン茶)

 

④釜炒り

高温で炒ることにより、茶葉の発酵を止めます。茶葉がまだ完全に発酵せず、半分程度は緑色が残っている状態が釜炒りに移る目安です。8分から15分程度炒ります。

釜炒り(ウーロン茶)

 

⑤揉捻

緑茶や紅茶と同様の工程です。5分から10分間、揉捻機の中で圧力をかけて茶葉を揉みます。これにより、茶葉の中の水分は均一になり、成分も出やすくなります。

揉捻(ウーロン茶)

 

⑥団揉(だんじゅう)

布で茶葉を包んで、転がすようにして絞り、丸めて形を整えます。

団揉(ウーロン茶)

 

⑦玉解き

丸めた茶葉をほぐします。ウーロン茶の銘柄によっては、④~⑦の「釜炒り、揉捻、団揉、玉解き」の工程を何度も繰り返します。

玉解き(ウーロン茶)

 

⑧乾燥

茶葉を乾かします。茶葉に残った水分を飛ばして、形を整えていきます。1時間から1時間20分程度かかります。これで、ウーロン茶の荒茶が完成します。完成した荒茶は麻袋に入れて保存します。

乾燥(ウーロン茶)

 

⑨再製工程

緑茶や紅茶と同じ様に、荒茶を製品として仕上げます。ウーロン茶でもブレンド(合組)が行われます。

 

ウーロン茶作りのワザ!ウーロン茶の香りは、萎凋と揺青で決まる

ウーロン茶の香りは、紅茶や緑茶の香りよりも濃厚な場合が多くあります。台湾の東方美人、凍頂烏龍茶、文山包種茶などは中でも特に芳醇な香りがするため、香りをつけているのかと思うくらいですが、もちろん、そんなことはありません。豊かな香りを作り出している秘密は、その工程にあります。

東方美人凍頂烏龍茶
文山包種茶

 

最初に挙げられるのが、摘んだ茶葉を日光に当てる日干萎凋です。茶葉を日光に当てて萎れさせることで起きる化学反応が、茶葉の香りを高めると考えられています。日光であることが重要で、他の光を当てても香りは発生しません。時々攪拌しつつ日光に当て、ここで生葉の中の水分は8%~16%蒸散します。

日干萎凋(ウーロン茶)

 

次に行われる室内萎凋と揺青も、ウーロン茶を香り高くするための重要な工程です。日干萎凋を終えた茶葉を室内に入れ、再び萎凋します。広げて1~2時間かけて温度を下げた後、今度は籠の真ん中に茶葉を寄せ集めては薄く広げて攪拌(揺青)します。萎凋と揺青を10時間ほど繰り返し、発酵を進めます。

揺青(ウーロン茶)

 

この日干萎凋、室内萎凋、揺青までの工程が、ウーロン茶の香りの決め手となります。ウーロン茶の生産農家では、これらの手順が秘伝となっているくらいです。

 

特に揺青には独特のコツがあり、茶葉を広げる際に絶妙な力加減が必要です。力が弱すぎれば風味や香りが出ず、強すぎれば紅茶のようになってしまいます。長年の経験が生み出す職人の技です。

 

紅茶のように茶葉の組織を大きく壊すことがないウーロン茶の発酵工程では、葉の養分はさほど空気に触れないため、紅茶の褐色成分「テアフラビン」は発生せず、紅茶ほど濃い色にはなりません。

 

黒茶(後発酵茶)は菌類が作るお茶

黒茶は後発酵茶とも呼ばれます。この場合の「発酵」は、ウーロン茶や紅茶で言うところの発酵とは違い、菌類の働きによる一般的な(科学的な)意味合いでの発酵を指します。ほとんどの場合、菌類は自然の中で茶葉に付着しており、産地に生息する10種類以上の菌類が作用すると考えられています。

 

日本に現存する黒茶(後発酵茶)は全部で4種類で、以下の通りです。

・石鎚黒茶(いしづちくろちゃ)【愛媛県】

・碁石茶(ごいしちゃ)【高知県】

・阿波晩茶(あわばんちゃ)【徳島県】

・富山黒茶(とやまくろちゃ)【富山県】

 

四国で盛んに作られており、4つ中3つが四国産ですが、四国で盛んな理由は不明です。

 

愛媛県の石鎚黒茶と高知県の碁石茶は、製茶工程の中で好気性、嫌気性の2段階の微生物発酵を行います。前者は「カビ付け」、後者は「漬け込み」と呼ばれます。阿波晩茶もまた四国の黒茶ですが、こちらは乳酸菌による嫌気性発酵のみを行います。

※好気性発酵:生育に酸素を必要とする菌を使用して発酵させる方法
※嫌気性発酵:生育に酸素を必要としない or 酸素があると死滅する菌を使用して発酵させる方法

 

以上の3種類の黒茶は、嫌気性発酵の際、桶に入れて漬物のように重しをすることから、「漬物茶」とも呼ばれます。

黒茶の漬け込み

 

富山黒茶は、好気性発酵のみを行いますが、これは中国の黒茶として有名なプーアル茶と同じ発酵方法です。

日本に現存
する黒茶
産地 発酵方法
好気性 嫌気性
石鎚黒茶 愛媛県
碁石茶 高知県
阿波晩茶 徳島県  
富山黒茶 富山県  

 

黒茶は、夏の強い日差しのもとで盛んに光合成をし、たっぷりとカテキンを含んだ茶葉で作りますが、味は渋くはならず、さわやかでまろやかな甘みが出ます。これは微生物による発酵の際、カテキン類が減少するためです。

 

黒茶(後発酵茶)の作り方 ~ 石鎚黒茶を例として

黒茶(後発酵茶)の作り方は、産地によって微妙に違います。発酵に作用する菌類もそれぞれです。ただし、作り方の大体の流れは似ていますので、ここでは代表として石鎚黒茶の作り方を見ていきます。

 

①摘採

初夏ではなく、真夏の暑い時期に行われます。茶葉もよく生育し、発酵に作用する糸状菌などの微生物も活発に活動するためです。使われるのは在来種の茶葉で、柔らかい新芽も大きく成長した硬い葉も関係なく、一緒に摘み取ります。

黒茶の手摘み

 

②蒸煮

収穫した生葉を、20分から30分間、蒸し器で蒸します。

蒸煮(黒茶)

 

③冷却

蒸した茶葉を、むしろ(敷物)に広げ、温度を急激に下げます。枝やゴミも取り除いていきます。

冷却(黒茶)

 

④カビ付け(一次発酵)

好気性発酵を行います。冷えた茶葉を木桶に軽くつめて蓋をし、1週間程度寝かせます。空気を入れて発酵させるので圧力はかけません。その土地及び収穫した茶葉に生息している菌類の中でも好気性のもの(酸素を必要とする菌)が生育します。

好気性発酵(黒茶)

 

⑤揉捻

菌類が十分に生育した茶葉を、むしろ(敷物)に広げ、10分から15分程度かけて軽く揉みます。

揉捻(黒茶)

 

⑥桶漬け(二次発酵)

嫌気性発酵を行います。揉んだ茶葉を桶に入れ、今度は空気を抜いて重しをし、1週間から4週間漬け込みます。この工程で嫌気性の菌類(生育に酸素を必要としない or 酸素があると死滅する菌)が生育します。乳酸菌などもその1つです。

嫌気性発酵(黒茶)

 

⑦天日干し

茶葉を天日で乾かします。その際、桶の表面の茶葉は取り除き、下層の茶葉のみを使います。1~2日かけて乾いたら黒茶の完成です。

天日干し(黒茶)

 

日本の黒茶はどんなお茶?

蘇った「石鎚黒茶」

石鎚黒茶の故郷は愛媛県の石鎚山です。年々生産者が減り、平成に入ってからはたった1軒になってしまいました。2014年にはその最後の1軒であった生産者も山を下り、伝統は消えつつありました。しかし、その伝統を絶やすまいとする研究者や、地元の有志、愛媛大学も加わって研究が進められ、現在は復活しつつあります。

石鎚黒茶

 

お茶の成分についても研究され、味はもちろん、抗アレルギーや肥満対策効果など、健康機能性にも注目が集まりつつあります。爽やかかつまろやかな味が特徴で、水色は美しい黄金色です。

 

ホットでもアイスでも、柔らかさのあるすっきりとした味わいを楽しめます。分量は、茶葉3~4gに対して水1L、鍋にかけ、弱火で10分くらい煮出し、3分ほど蒸らします。茶葉をこさず、入れたまま飲むこともできます。

 

幻の「碁石茶」

高知県長岡郡大豊町で作られている碁石茶もまた、生産者数が激減し、幻と言われた黒茶です。生産農家も1970年代には1軒のみとなりましたが、その後何軒かの農家が生産を再開し、現在に至りますが、今なお稀少な黒茶です。

碁石茶

 

使われる茶葉は完全無農薬で栽培される山茶で、これを蒸した後、カビ付けを行います。1週間後、茶葉を桶に入れ、数週間漬け込みます。好気性発酵と嫌気性発酵を組み合わせる製法は石鎚黒茶と共通ですが、好気性発酵で作用する菌の種類は違います。発酵後、茶葉を3~5cm角に切断し、天日で3日程度干して完成です。

 

天日干ししている様子が、黒の碁石を敷き詰めているように見えることが、碁石茶の名前の由来です。

天日干ししている碁石茶

 

急須を使うより鍋で煮出して飲む方が適しているお茶で、2~3gの茶葉に水1Lを入れて10分程度煮出します。乳酸菌が豊富で、含有量はヨーグルトの200倍と言われます。そのため、すっきりとした中にも甘酸っぱさのある味わいです。レモンを入れてもよく合います。

 

整腸作用があり、碁石茶で茶粥を作ると胃腸に良いと昔から言われています。美肌効果や免疫力アップの効果でも注目されています。

 

徳島の伝統的漬物茶「阿波晩茶」

阿波晩茶は乳酸菌発酵を利用して作られます。作り方は、茶葉を収穫した後、茹でて揉んだら、桶に入れて重しをし密封します。2週間から4週間かけて漬け込み、乳酸菌発酵を進めます。じっくり漬け込んだら、最後に茶葉を天日干しして完成です。

阿波晩茶

 

徳島では阿波晩茶のことを「番茶」と呼びますが、緑茶の番茶と混同しやすいため、「晩茶」という表記を使うようになりつつあります。従って、現在は「阿波番茶」or「阿波晩茶」という名称で販売されています。

 

かつては徳島県中央の那賀川流域やその周辺で作られていましたが、今では那賀町(旧相生町域)、上勝町周辺のみで作られ、特産品となっています。

 

茶葉3~5gに対して沸騰したお湯1Lを急須に入れて2~3分蒸らし、水色が黄金色になったら飲みます。ティーバッグなら1包入れればよいでしょう。酸味を帯びたすっきりした味わいのお茶で、冷たくしても美味しく飲めます。低カフェインで整腸作用があり、高血圧や高血糖にも良い効果があるとされ、注目を集めています。

 

夫婦茶筅で泡立てて飲む「富山黒茶」

富山黒茶はその名の通り、富山県の朝日町蛭谷で作られている黒茶です。

富山黒茶

 

作り方は、収穫した茶葉を蒸した後、1~2週間ほど桶に入れて発酵させますが、その間、時折固まった茶葉を崩しては広げ、また桶に戻すという作業を繰り返します。ある程度発酵が落ち着いたら、天日で1日~2日程度乾燥させたら完成です。

 

この地域の法事などの仏事やお祝いの席などで伝統的に飲まれていたお茶で、飲み方は少し変わっています。茶葉3gに対し水1Lで2~3分間煮出した後、「五郎八茶碗」と呼ばれる大きな茶碗に入れ、2本の細い茶筅を合わせた「夫婦茶筅」という道具で泡立てます。この泡立てる際の音や様子から「バタバタ茶」とも呼ばれます。

夫婦茶筅で富山黒茶を泡立てている様子