緑茶を入れている様子

お茶の楽しみ方、飲み方は、近年急激に変化してきました。日本国内の緑茶(茶葉)の売り上げは減少傾向にあるものの、海外への茶葉輸出量は右肩上がりであり、緑茶飲料をはじめとしたお茶飲料のバリエーションは驚くほど豊かになっています。お茶という飲み物の進化について、改めて見ていきましょう。

 

海外での日本茶ブームにより、輸出される緑茶

日本では「お茶」と言えば、緑茶を指すのが普通ですが、海外では「tea(ティー)」と言えば、ほとんどの場合、紅茶を指します。健康に良いとされて日本食がブームになった後も、緑茶独特の風味は、青臭いなどと言われ、なかなか受け入れられませんでした。

 

しかし、近年は状況が変わりつつあります。

 

和食に一番合う飲み物であるのに加え、多くの栄養素や健康成分が含まれるという点がクローズアップされ、緑茶の人気は海外で高まっており、茶葉の輸出量も激増しています。

緑茶の輸出量の推移

 

味覚や嗜好の変化が大きいのは言うまでもありませんが、海外での緑茶人気の高まりには、日本国内において「家で入れて飲む」から「買って飲む」に、緑茶の立ち位置が変化・定着していったことも影響しています。

 

家で入れて飲むものだった緑茶は、缶に入れることで家の外で飲むものとして、また栓ができるペットボトルの登場により、持ち運びやすい飲み物となりました。緑茶を「買う」ことに抵抗や疑問を感じる人も、今はあまりいないでしょう。

缶入り緑茶、ペットボトル入り緑茶

 

同様に、ただで飲むから買うものへ、ここ30年程度で立ち位置が変化した飲料の1つに、ミネラルウォーターがあります。

 

今ではペットボトル入りの水を毎月大量に購入する家庭も多くなりましたが、もともと良質な水資源に恵まれ、水道水に対する信頼度も高かった日本では、発売された1980年代は「水を買う」という考え方は全くありませんでした。

 

ミネラルウォーター、緑茶ともに、現在のように、多種多様な商品が売られ、人々が目的や嗜好に合わせて買うようになったのには、暮らし方や嗜好の変化などが大きく関係しています。

 

缶入りのお茶は日本発!

抽出した緑茶を品質を落とさず保存することは、以前はとても難しいものでした。入れたての美しい緑色の水色は、すぐに変色して赤っぽくなってしまいますし、独特の香りは保ちにくく、保存しているうちに変質してしまいます。

※水色:入れた時のお茶の色。「すいしょく」と読む。

 

水色の変色の原因は、抽出した緑茶を缶に充填した後、封印する際に酸素が混入してしまうことでした。酸素が混入してしまうと、緑茶に含まれるカテキンが酸化されてしまい、結果、水色が赤く変わってしまいます。また、香りの変化の原因は、製造過程で緑茶を加熱殺菌する際に起こる化学反応が原因でした。

 

この水色の変化と香りの変質は、缶入りの緑茶飲料を実現するための2大課題とも言えるものであり、クリアすることは不可能であるとまで言われた難題でした。しかし、日本の飲料メーカーは、度重なる研究によって、1985年にこれらの難題をクリアしました。

 

缶入りの緑茶飲料を初めて発売したのは、大阪にあるサンガリア社であったと言われています。サンガリア社は、抽出した緑茶にアスコルビン酸(ビタミンC)を加え、缶に窒素を充填してから緑茶を入れることで、水色が変色するのを防ぐことに成功しました。

世界初の缶入り緑茶(サンガリア)

 

同じ年に、伊藤園も別の方法により、缶入り緑茶飲料の商品化に成功しています。窒素を使う点ではサンガリア社と同じですが、缶にあらかじめ充填するのではなく、緑茶を入れた後に窒素を噴射することで、酸素を可能な限り排除することに成功しました。その製法は「ティー&ナチュラル技術」と呼ばれています。

伊藤園で初めて販売された缶入り緑茶

 

窒素は水に溶けにくい性質を持ち、また空気の成分の多くを占めることから分かるように、人体に対する影響もありません。緑茶の品質を損なうことなく、健康にも害を及ぼさない方法で水色の変化問題はクリアされたのです。

空気の成分

 

次に、香りの変質の問題をクリアするために、利用する茶葉や抽出時間についての研究が重ねられました。

 

伊藤園では開発から10年をかけて、どの茶葉が変化しにくいか、ベストなブレンドはどれか、最適な抽出温度や時間を1℃、1秒単位で実験、調整し、1000通り以上もの組み合わせの中からベストなものを選び出しました。

 

伊藤園では、缶入り緑茶飲料よりも先に、缶入りウーロン茶飲料の完成に成功しています。半発酵茶であるウーロン茶は、緑茶よりも酸化が品質に及ぼす影響は小さく、水色の変化を防ぐ研究などが不要であったため、緑茶よりも4年ほど先駆けて1981年に製品化され、これが世界初の缶入りのお茶となります。

世界初の缶入りウーロン茶(伊藤園)

 

緑茶をペットボトル飲料にするのは、缶よりも難しかった

ペットボトルという呼称は日本独特のものです。「ペット」というのは、ポリエチレンテフタレート(Poly-Ethylene Terephthalate)の略称ですが、海外では普通にPlastic bottle(プラスチックボトル)と呼ばれ、PETもペットとは読まずに「ピーイーティー」と読みます。

ペットボトル

 

フタを何度でも開け閉めできるペットボトルは、持ち歩くにも大変便利なものです。しかし、ペットボトル緑茶飲料を商品化するのは、缶入りの緑茶飲料の開発よりも更に難しいことでした。抽出した後の緑茶には、2~3日経つとオリと呼ばれる沈殿物ができてしまうためです。

 

まずはオリと味や香りの劣化を防ぐ

オリは、お茶(抽出液)の中のカテキン類が酸化して、不溶性に変化した細かい粒状の物質です。

緑茶ペットボトルの底にたまったオリ

 

摂取しても健康に問題はありませんが、これが透明なペットボトルの底部に沈殿していると、あまり美味しそうに見えません。その上、オリが発生した緑茶は香りも弱くなり、実際、味も爽快さが失われたものになってしまいます。

 

問題解決への一番の近道は、緑茶から抽出される成分は限りなく減らして人工の香料を添加し、水色を薄くして透明度を保つという方法ですが、それでは茶葉の味を感じることができない「緑茶風飲料」になってしまいます。

 

日本の飲料メーカーは研究の末、茶葉の味を損なわず、かつ人工香料にも頼らない方法を開発しました。

 

まず、味の劣化を防ぎ、安定化させるためにビタミンCを添加しました。ビタミンCの抗酸化作用を利用し、カテキンの抗酸化作用と補い合って緑茶飲料に含まれるカテキンの量をできるだけ安定させるためです。

ペットボトル緑茶の原材料名(ビタミンCが入っている)

 

味に影響が出ない500ml当たり100mg程度の極めて薄い濃度の添加なので、飲んでも酸っぱく感じることはありません。この分量は、お茶の味を安定させつつ、ビタミンCによる味の変化が起こらないギリギリのラインであり、化学分析により算出された分量です。

 

この分量以上のビタミンCを入れると、飲んだ時に酸っぱいと分かるようになってしまいます。

 

緑茶の品質を劣化させる要因は、光、酸素、温度の3つです。温度は管理の仕方によってある程度コントロールできますが、ペットボトルの素材は光の透過性の高い合成樹脂です。そのため、充填直後から光による劣化や酸素による酸化反応が始まり、緑茶の抽出成分を変化させていきます。

 

伊藤園では、緑茶抽出液を「マイクロフィルター」と名付けられた天然素材からできた細かい膜でろ過し、微粒子を除去することでオリの素を取り除き、水色が濁ることなくクリアな状態を保つことができるようにしました。この方法は「ナチュラル・クリアー製法」と呼ばれ、1996年に特許が取られています。

ナチュラル・クリアー製法

 

味や香りについても、茶葉を厳選し、国産の新鮮なものを使用することで、より品質の高い製品開発に成功しています。

 

寒い時は温かいお茶!そのために温めることのできるペットボトルが開発された

今では、冬になれば温かいペットボトル入りのお茶が普通に売られていますが、ペットボトル飲料が発売された当初は、材質的に熱に弱く、加熱すれば変形してしまうため、温かいお茶をペットボトルに入れることはできませんでした。

 

保存時、充填時の熱で変形してしまわないように、容器は多層構造にして丈夫なものになりました。温かい飲料のペットボトルを触ってみると、冷たい飲料を入れるものと明らかに構造が違うことが分かります。

多層構造のペットボトル

 

また、温めた時の水色や味の劣化についても研究が重ねられ、ベストな茶葉の組み合わせを何百通りもの中から選び、最適な抽出時間や温度を決めるべく、それぞれ1秒、1℃刻みの実験が重ねられ、現在の状態に辿り着いています。

 

このような飲料メーカーのアイデアや努力により、一年を通していつでもどこでもお茶が飲めるようになり、海外でも広く受け入れられているのです。

 

もっと手軽にお茶を楽しむために、紅茶で進化したティーバッグ

ティーバッグは、茶葉を細かくカットするCTC製法が考案され、短時間で紅茶が抽出できるようになったことから大きく進化し、広まりました。水色や滋味(じみ)もティーポットで入れたものとそん色なく、手軽に入れられるため、今では紅茶生産の約8割を占めるほどです。

※CTC製法:専用の機械で茎や軸も含めて茶葉を押しつぶして引き裂き、丸めるという加工を施したもの。

CTC茶リーフティー

 

紅茶文化の故郷イギリスでも、今はティーバッグが主流となり、よりホールリーフ(カットしていない茶葉)の味に近づけるべく、各メーカーが研究を重ねています。

 

ティーバッグの材質は様々ですが、ペーパーフィルターは紙の臭いが付いてしまうため、紅茶の香りを楽しむには不向きであるとされ、最近は避けられるようになりました。

 

フィルターは、各メーカーで常に研究が進められており、ペーパーフィルターに代わって使われるようになったのは、ガーゼ、不織布、ナイロンメッシュなどです。特に不織布やナイロンメッシュは、抽出しやすいことと香りが移る心配がないことから、よく使われるようになっています。

ガーゼ、不織布、ナイロンメッシュのティーバッグ

 

ティーバッグの形も、当初の長方形から丸型、ピラミッドのようなテトラ型へと、袋の中で茶葉が動きやすいものが使われるようになってきました。

様々な形状のティーバッグ

 

これは茶葉をティーポットで入れる際に起こる「ジャンピング」という現象を、ティーバッグで入れる場合にも起こせるようにしたものです。

 

ジャンピングとは、茶葉を入れたポットに熱湯を注いだ際、茶葉がポット内で上下に動く現象のことで、美味しい紅茶を抽出する最重要ポイントです。(ジャンピングについて詳しくは「美味しい紅茶の入れ方!ポイントはたった1つ」を参照ください)

 

ティーバッグのバッグと紐の止め方も、以前のようなホッチキスではなく、現在では糸で留めるのが主流になっています。これはホッチキスが紅茶の中に落下する危険や、取り出す際に糸が抜けてしまうのを防ぐとともに、衛生面も考慮した上での進化です。

ホッチキスを使っていないティーバッグ

 

使われる茶葉そのものも多様化しつつあります。安い茶葉をぎっしり詰めたお徳用品から上級茶葉を使った高級品まで、消費者の選択肢は大きく広がりました。

お徳用ティーバッグと高級ティーバッグ

 

紅茶だけではなく、緑茶でもCTC製法を使ったティーバッグが販売されています。二番茶以降の茶葉を使っているものの、製造技術が進歩したため番茶のような臭いはせず、見た目も良い上、入れるのも楽で、消費者にも歓迎され、また緑茶の新たな販路として生産者にも喜ばれています。

緑茶のティーバッグ

 

カフェインレスやエスプレッソ!抽出方法でお茶の世界が広がる

近頃人気の「デカフェ」は、抽出方法や抽出前の生の茶葉に手を加え、カフェインが抽出されないようにした緑茶です。妊娠中の女性や幼い子供でも、カフェインレスや低カフェインにしたお茶ならば、安心して飲むことができます。

カフェインレス緑茶(ペットボトル、茶葉)

 

カフェインレス茶、低カフェイン茶の製造方法は様々です。カフェインが抽出されない低温でお茶を抽出するという方法もありますが、生の茶葉からカフェインを流し出し、茶葉そのものをカフェインレス、もしくは低カフェインの状態にする方法がよくとられます。茶葉をカフェインレスにする方法は、大きく分けて2種類あります。

 

まずは、高温で抽出されるというカフェインの性質を利用したものです。生葉の状態で熱水シャワーを浴びせてカフェインを流しだす方法や、熱湯でゆでてカフェインを抜くという方法があります。

 

もう1つは「超臨界二酸化炭素抽出法」と言うもので、ある一定以上の圧力と温度のもとで超臨界流体という特殊な状態にした二酸化炭素でカフェインのみを抽出、除去する方法です。

 

超臨界流体は、中学の理科の「状態図(物質が、固体・液体・気体の三態の間で状態が変化する様子を図にしたもの)」の単元で習うもので、液体・気体の区別ができなくなった状態です。

 

物質は、その物質に固有の圧力、温度以上になると超臨界流体となり、液体の特徴(溶解性 etc.)と気体の特徴(拡散性 etc.)の両方を持った状態になるため、茶葉内部への浸透性と成分の抽出性の両方が実現可能となります。

※超臨界流体となる圧力、温度を臨界点といい、二酸化炭素では「7.4Mpa、31℃」です。

 

また、圧力と温度の条件を変えることで、特定の成分の抽出に適したピンポイントの状態にすることが可能で、茶葉内部に浸透してカフェインのみを抽出することができます。

 

二酸化炭素には毒性がなく、また常温に戻せば簡単に取り除けて安全なため、超臨界二酸化炭素抽出法は、カフェインレスコーヒーを作る際にも利用されている方法です。

 

家で低カフェイン緑茶を入れたい場合は、氷水などを急須に入れ、10分以上抽出時間をとれば、カフェイン以外の成分が抽出されたまろやかな緑茶を飲むことができます。ただし、紅茶の場合は香気成分が低温では抽出されず、香りがなく味気ないものになってしまうため、あまりおすすめできません。

 

また昨今は、低カフェインやカフェインレスとは対照的な「エスプレッソティー」という飲み方も人気があります。その名の通り、紅茶を高温、高圧でエスプレッソ抽出したもので、紅茶の持つ独特のコクと苦みをじっくりと味わえます。2010年にホットの缶飲料として販売され、大変な人気を博しました。

午後の紅茶エスプレッソティー

 

緑茶のエスプレッソも試みはされたものの、昨今の緑茶は深蒸し茶などの柔らかい茶葉が中心だったため、抽出時にすぐに粉々になってしまい、マシンが目詰まりしてしまうという難点がありました。

 

その後、エスプレッソティー用の茶葉が開発されたことで、2011年に緑茶のエスプレッソ缶飲料も商品化されています。

伊右衛門グリーンエスプレッソ

 

緑茶エスプレッソは、コーヒーのエスプレッソのように、ラテとして飲むこともでき、コーヒーとは違った色のラテアートも楽しめますから、新たな緑茶の可能性も生まれることでしょう。

緑茶エスプレッソのラテアート

 

変わりゆくお茶

世界では緑茶の人気が高まっており、輸出量は年々増えています。日本における茶葉はもちろんのこと、ペットボトル入り緑茶飲料も海外で売られています。

緑茶の輸出量の推移

 

海外の緑茶は、日本国内で飲むものとは少し違い、海外で売られているペットボトル入り緑茶飲料には砂糖が入っているのが基本で、急須で入れる場合も砂糖を入れて飲まれています。

アメリカで売られている砂糖入りのペットボトル緑茶

 

日本人からすると少し驚いてしまうかも知れませんが、これは食文化の違いからくるもので、紅茶に砂糖を入れるのとあまり変わらない感覚のようです。

 

海外輸出量が増える一方で、国内における緑茶消費は低迷しています。実際、日本人であっても普段は緑茶を全く飲まない人も増えてきました。

緑茶の国内消費量の推移

 

核家族化や少子化など、家族の形が変わってきたこともありますが、たとえ家族がいても、食後に皆でお茶を飲む習慣のない家も少なくありません。家族の人数が少ない、もしくは一人暮らしであれば、家に急須がない場合もあるでしょう。

 

しかし、お茶もまた、人々のライフスタイルに合わせて変貌してきています。緑茶消費量の低迷も、緑茶の衰退というよりも、お茶全体の選択肢が増えた結果とも言えるでしょう。

 

例えば、食後に緑茶の習慣はなくとも、紅茶やウーロン茶を本格的に楽しむ人は増えてきました。エスプレッソやカフェインレスなどの選択肢により、夜遅い時間やシャキッとしたい時などにも、適したお茶を選ぶことができます。

 

ペットボトル飲料や缶飲料の登場やティーバッグの発展により、お茶は一人や少人数でも手軽に楽しめるようにもなりました。

 

とはいえ、全てが変わったわけではありません。親しい友達や出会ったばかりの人と、もっと話をしたい時は「お茶していかない?」と誘いますし、逆に一人でホッとしたい時にもお茶を入れることがあります。

友人とカフェでお茶をする一人でお茶でくつろぐ

 

お茶が人の心にもたらすものは、楽しむ形が変わっても、基本的には変わらないことでしょう。人の心を和ませ、安らかにし、コミュニケーションを潤滑にしてくれる1杯のお茶の力を、改めて考えてみるとともに、様々なシチュエーションにおいて、ぜひお茶を楽しんでいただきたいと思います。