プーアル茶は有名ですが、それが中国黒茶と呼ばれる種類のお茶であり、その製法が緑茶やウーロン茶などとは、かなり違うものであると知っている人はそう多くはないでしょう。
黒茶は、微生物による発酵の力を借りて作られる少し変わったお茶ですが、中国では多種多様な黒茶が作られています。今回は、独特の味や香りを生み出す中国黒茶の製造方法について見ていきましょう。
堆積は中国黒茶の製造において無くてはならない工程
種類により多少の違いはありますが、全ての中国黒茶の製造工程において共通する最大の特徴は、微生物による発酵が必ず含まれるということです。
紅茶、ウーロン茶の製造工程にも「発酵」と呼ばれる工程はありますが、それらは茶葉に含まれる酵素の働きによるもので、黒茶における発酵とは根本的に違い、黒茶の場合は酵素による発酵は必要としません。
この点は非発酵茶に分類される緑茶と同じで、中国黒茶の製造工程としては、緑茶の製造工程に、微生物による発酵を促す「堆積」という工程を加えたものと言えます。
緑茶の製造工程を大まかに説明すると、まず収穫された生葉を高温にし、酵素の働きを止める「殺青(さっせい)」の後、「揉捻(じゅうねん)」と呼ばれる工程で茶葉を揉み、その後「乾燥」させて荒茶の状態にまで仕上げます。黒茶では殺青及び最初の揉捻(初揉)の後に「堆積」の工程が入ってきます。
堆積の工程をどの段階で入れるかは、中国黒茶の種類によって違い、その順番によって分類されています。乾燥前、茶葉が湿った状態で堆積に入るものは「湿堆積黒茶」と呼ばれ、黒磚茶や天尖茶の原料茶である湖南黒毛茶や広西六堡茶などがそれに当たります。
青磚茶の原料である老青茶、康磚茶、金尖茶などの原料となる做庄茶は、乾燥の工程が先にくるため「乾堆積黒茶」と呼ばれます。
また、茯磚茶、方包茶のように、緊圧茶に加工する前にもう一度堆積を行うものもあり、これらは「製品堆積黒茶」と呼ばれています。
プーアル茶の場合は、堆積工程が入るタイミングとしては乾堆積黒茶と同じですが、再揉という2度目の揉捻が無かったり、独特の工程が入る場合もあるため、別に考えた方がよいでしょう。
緑茶の製造では、新芽や若い葉を使いますが、黒茶では大抵の場合、成長した葉が使われ、古い葉だけでなく茎も緑茶などより多く含みます。
そのため茶葉を摘む際も、手摘みではなく鎌を使って枝ごと刈り取ることも珍しくありません。黒茶の中でも、茎の含有量が一番多いのは方包茶で60%、それ以外の黒茶でも10~20%含まれます。
使われる茶樹の品種は、「大葉種」、「小葉種」の2種類です。大葉種は雲南省や広西区などの黒茶に、小葉種は四川省、湖南省、湖北省などの黒茶に使われています。
散茶の製造方法 ~中国黒茶の製造は散茶を作ることから始まる~
ほんの一部を除き、中国国内で流通する黒茶の多くは茶葉の状態ではなく、それを独特の形に押し固めた緊圧茶の形です。
いわゆる茶葉のお茶は、中国茶では散茶と呼ばれ、緊圧茶は散茶を製品化する一歩手前の状態に仕上げた荒茶を使って作ります。中国黒茶の荒茶は黒毛茶と呼ばれます。
殺青では急激に熱し酵素の働きを止める
収穫された生の茶葉は、そのままにしておくと葉の中の酵素の働きによって酸化が始まります。紅茶やウーロン茶などでは、これが茶葉の香りや成分、味を決める「萎凋」と呼ばれる重要な製造工程の1つとなります。
しかし、非発酵茶である緑茶や微生物発酵を利用する黒茶では不要なため、まずは酵素の働きを止めます。
生葉に含まれる酵素は、50~60℃位で最も活発に働き、85℃を超える高温になると活動を停止します。殺青では蒸気や釜炒りなどで生葉を急激に熱しますが、1~2分で生葉を85℃以上にすることが重要で、3~4分以上かけてしまうと、葉が赤く変色してしまいます。
つまり、数分の違いとは言え、85℃以上にするまでの時間が長くかかってしまうと、その間に酵素が働き、茶葉が少し酸化してしまうのです。
中国黒茶の製造において、実際に殺青に使われている温度はかなり高く、280~320℃です。黒茶の場合は釜炒りが多く、炒り始めから茶葉の温度が上がり殺青が完了するまでを含めて、5~7分間炒ります。
レアケースとして、六堡茶のように、150℃程度で低温殺青するものもあります。
康磚茶、金尖茶など、蒸気熱によって殺青する中国黒茶では、完全に殺青するために水を撒いてから行うこともあります。これは、黒茶の原料は成長し硬くなった茶葉を使うため、茶葉に含まれる水分が少ないので、殺青が不十分にならないよう水分を補うのです。
殺青の目的は、茶葉に含まれる酵素の働きを止めることではありますが、熱を加えられた茶葉は生臭さが消えて独特の芳香が出てくる上、柔らかくなるため、次の工程「揉捻」もやりやすくなります。
初揉は成分を浸み出しやすくする工程
初揉では揉捻機を使い、葉を回転させながら揉圧を加えます。茶葉そのものを壊すのではなく、茶葉の組織や細胞を揉み壊して成分が浸み出しやすい状態にするのが目的です。
緑茶などでは若く、柔らかい葉を多く使いますが、黒茶では成長した葉が使われます。成熟した葉はペクチン含有量が少なく、繊維質が多いため硬く、冷めてから揉捻すると茶葉がちぎれてボロボロになってしまいます。そのため、初揉は殺青後、まだ茶葉が熱く柔らかいうちに行います。
堆積で微生物による発酵を促す
堆積は中国黒茶独特の工程です。初揉を終えた茶葉をその名の通り積み上げて、微生物を繁殖させ、発酵を促します。積み上げる山の高さは中国黒茶の種類によって違いますが、大体1m前後から高くても2mまでです。
堆積時の温度や湿度、堆積期間は、黒茶の風味を決める重要な要素で、これらもまた、黒茶の種類によってまちまちです。
黒茶の種類 | 堆積の山の高さ | 堆積環境 | 堆積時間 |
---|---|---|---|
湖南黒毛茶 | 1,2級:15cm~25cm 3級以上:約1m |
温度25度~45度 湿度85%程度 |
8時間~18時間 |
四川南路辺茶、 西路辺茶 |
1.5m~2m | 温度65度~70度 湿度80%~85% |
12日~14日 3回攪拌 |
湖北老青茶 | 約1m | 温度50度~65度 茶葉水分含有量25%~35% |
6日~9日 1~2回攪拌 |
雲南プーアル茶 | 1.5m~2m | 温度40度~60度 茶葉水分含有量25%~35% |
約1ヶ月 5~8回攪拌 |
広西六堡茶 | 0.8m~1m | 温度40度~50度 | 12時間~20時間 |
発酵で使われる微生物の種類も様々です。コウジカビ属のアスペルギルス・グラウカス、アスペルギルス・ニガーの他、多くみられるのがカンジダ属などの酵母菌です。その発酵過程は、チーズ製造時の発酵と似ています。
堆積中の温度管理・監視はとても重要です。茶葉の山の外側に水滴がつき、中の温度が大体70℃を超えてもなお、そのままにしてしまうと、発酵が進みすぎてしまい、品質が悪くなってしまいます。
温度が高くなった場合は、堆積を中止するか攪拌します。堆積を正常に終える頃になると、茶葉は黒茶特有の香りを放つようになり、色は褐色になります。
復揉では茶葉を優しく揉んで仕上げる
発酵を終えた茶葉を再び揉み、茶葉の形や香りを整えて仕上げるのが復揉です。初揉の時と同じように揉捻機を使いますが、揉圧は弱め、時間も短くします。
保存性や香りを高める乾燥工程
最後に整えた茶葉の水分を飛ばし、乾燥させます。プーアル茶などでは天日乾燥ですが、乾燥機を使うこともあります。乾燥工程を経ることで、保存が効くようになる他、香りも良くなります。
湖南黒毛茶、広西六堡茶では乾燥にかまどを使いますが、熱源として松の枝を燃やすため、茶葉にもその香りが移るのが特徴となっています。
茎の部分がすぐに折れ、葉も少し揉んだだけでパラパラと崩れるくらいに乾いたら、乾燥完了です。この時、茶葉に含まれる水分は、全体の8~12%まで低下しています。
発酵方法による黒茶の分類
微生物発酵を利用する黒茶は、その発酵方法によって3種類に分けられます。
1つ目は「好気的発酵茶」と言い、空気に触れさせて発酵させるものです。茶葉を山のように積んで発酵させる中国黒茶は、ほとんどがこれに属します。
発酵時に、茶葉を容器に詰め、重石を載せて空気を抜き、空気に触れさせないようにして発酵を促す「嫌気的発酵茶」には、中国雲南省に暮らすタイ族やジンポー族の作る伝統茶ニエンや、タイやラオスで作られるミアン、日本の阿波番茶などがあります。
好気的発酵の後に嫌気的発酵させる「2段階発酵茶」というものもあり、日本の碁石茶、石鎚黒茶などがそれに当たります。
嫌気的発酵と好気的発酵では、発酵で働く微生物の種類が違い、嫌気発酵では乳酸菌や酵母菌など、活動に空気(酸素)を必要としない菌類が、好気発酵では酸素を使って活動するコウジカビ属などの菌類や一部の酵母菌が働きます。
結果として、製造工程が概ね同じでも、この3種類の黒茶は風味や香りなどが全く違うものになります。
かつては堆積ではなく後熟させていたプーアル茶
プーアル茶の製造工程には、元々堆積はなく、殺青の後、揉捻を経たら、そのまま天日乾燥し、最後に長期間風通しが良い暗い場所に置く「後熟」という工程が入り、これがプーアル茶独特のまろやかな味や、熟成した茶の独特な香りを作り出していました。
気候的には雲南省はもちろん、広東省、香港から台湾周辺の地は、後熟に適していました。
堆積が、プーアル茶の製茶工程に取り入れられたのは、1970年代に入ってからです。堆積により、後熟では数年という長い期間を必要としていた発酵が、短期間で完了できるようになった上、お茶の赤い水色や、味のまろやかさ、後味の良さなどもあり、消費者にもすぐに受け入れられました。
とはいえ、全てのプーアル茶が堆積工程を採用するようになったわけではありません。後熟工程を取るものも残っており、それを「生茶」、堆積で発酵させるプーアル茶を「熟茶」と呼んで区別しています。
プーアル茶は緊圧茶に加工されることが多いですが、その場合も生茶を使った緊圧茶は「生餅」、熟茶を使ったものは「熟餅」と言います。ただし、生餅の割合は現在では低く、「沱茶」と「七子餅茶」の一部のみです。
熟餅が優勢なものの、人気には地域性もあり、香港、台湾などでは熟餅より生餅が好まれる傾向にあります。
かつては数年をかけた後熟も、現在は温度、湿度を人工的に管理して一定に保つことで短縮できるようにもなりました。後熟させる場所の特徴から、人工的な環境下で後熟させたものを「湿倉茶」、元来の製法のまま自然に後熟させたものは「乾倉茶」と呼ばれます。
乾倉茶の流通は非常に少なく、現在ではコレクターたちが購入し、長期保存して熟成させるものがほとんどで、販路に乗ることはほぼ無いと言ってよいでしょう。
緊圧茶の製造方法 ~緊圧茶は散茶(黒毛茶)を加圧成形したもの~
散茶の状態で販路に乗る黒茶は、プーアル茶や老青茶の一部だけで、ほとんどは緊圧茶となります。
緊圧茶になる原料茶は、それぞれの緊圧茶向けにブレンドされ、蒸熱して柔らかくした後、加圧成形して形状を整えられ、その後しっかり乾燥させて包装、出荷されます。お茶の種類によっては、加圧成形の後に発花や焼包など独特の工程が入ります。
黒茶を規格に合わせてブレンドする
まず、黒茶を切断し、大きさ、茶葉の成熟度や含まれる茎の部分の量によって、各等級に振り分けます。その上で、それぞれの緊圧茶の規格通りの等級の茶葉を、決められた通りに配合していきます。
各等級の黒毛茶をブレンドすることで、作られる緊圧茶の品質や個性が形作られていく、最初の一歩となります。
また茯磚茶においては、製造工程の中で茶葉の中に「金花」と呼ばれる黄色い塊が発現することが、品質と密接に関係しています。その正体はユウロチウム・クリスタタムというカビ菌の胞子です。
加圧成形で押し固められた状態の緊圧茶は、その硬度や通気性、乾く速度が、茶葉中にどれだけ茎が含まれるかで変わるため、金花の発現量や塊の大きさは、茎の量によって左右されます。
茎の含有量が全体の18%程度の時、一番金花がよく発育し、その独特の香りである菌花香も豊かになります。
製品堆積黒茶に分類される茯磚茶、方包茶などの製造工程では、黒茶を蒸し、再度堆積の工程を経てからブレンドするのも特徴となっています。
蒸熱で茶葉を柔らかくし、次の加圧成形をやりやすくする
緊圧茶としての形を整えやすくするために、茶葉を蒸して柔らかくするのが「蒸熱」です。茶葉が水分を吸収しすぎてしまうのを避け、なるべく短い時間で蒸しあげます。通常は100℃くらいで数秒、長くても1分です。
方包茶の場合は少し変わっていて、茶葉や茎を水から煮出した茶汁と共に釜で炒めます。
加圧成形でそれぞれの緊圧茶の形にする
蒸熱を経て柔らかくなった茶葉を型に入れて押し固め、それぞれの製品の形に仕上げるのが、加圧成形です。蒸したての、まだ茶葉が熱いうちに行い、加圧したまま50℃くらいに冷ましてから型を外します。
型はもちろんのこと、固め方も黒茶の種類によって違います。「籠入り緊圧茶」と呼ばれる方包茶や六堡茶、天尖茶などは、籠に入れた状態で加圧成形します。
製品形状がレンガ型や板状ならば機械を使えますが、プーアル緊圧茶の仲間である沱茶のような碗型や緊茶のようなきのこ型は、まず手で形を整えてから機械にかけます。手作業は蒸熱後の茶葉を袋に入れて行います。
最後にそれぞれ、形や模様が規格に合っているかを確認し、合っていなければ修正を加えます。
加圧成形の工程を経た緊圧茶は、成形の際の圧力により、1/5~1/6の容量まで圧縮されます。
茯磚茶、六堡茶は、発花で芳香を放つ金花を咲かせる
発花は、茯磚茶、六堡茶製造に特有の工程です。茯磚茶の場合は、加圧成形した後、包装し、12~15日間かけて茶葉の中のカビを増殖させます。環境としては、温度26~28℃、湿度は75~85%が適しており、室温、湿度を調整した部屋で寝かせます。
カビは金花と呼ばれていますが、正式名はユウロチウム・クリスタタムというコウジカビ菌の一種で、黄色く見えるのは胞子の塊です。胞子はとても良い香りを放ち、金花の発現が多い方が、良質のお茶とされます。
これは発花の工程を持つ六堡茶でも同じですが、六堡茶では発花の工程に約半年くらいかけます。
方包茶は、焼包で独特の味を作り出す
焼包は、方包茶独特の工程です。籠に詰められたお茶を上下に6個ずつ積み、ぴっちりと隙間なく並べて置くもので、「焼包」というネーミングですが、火であぶったり焼いたりすることはありません。
しかし、蒸熱の工程でかなりの高温となったまま加圧成形された茶の内部は、それぞれが80℃程度の熱を持っているため、このまま4~6日置くだけで、内部の熱で茶の品質が変化します。
低温で芯まで乾燥させる
緊圧茶は低温で時間をかけて乾かします。かつては陰干しが主流でしたが、今は40~60℃で乾燥させるものもあります。
高温で急激に乾燥させてしまうと、成形された茶の塊にひびが入ってしまったり、表面が剥がれてしまう上、外はパサパサ、中はじっとりと水分が抜けていない状態になってしまうためです。
消費地に合わせた包装を行う
乾燥させた後、冷ましてから包装します。緊圧茶の消費地は、種類によって違うため、包装紙にもそれに合わせてモンゴル語やチベット語が使われます。
また、緊圧茶の包装は密閉するのではなく、通気性の良さが大切です。1つ1つを包む場合がほとんどですが、康磚茶やプーアル緊圧茶の一部など、複数の緊圧茶を1つに包む場合もあります。
なお、中国では緊圧茶として加工されるのは黒茶だけではありません。緑茶や紅茶、ウーロン茶も黒茶と同様の製法で加圧成形され、それぞれ流通しています。